大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和55年(オ)266号 判決 1981年9月24日

上告人

鈴木松之亟

右訴訟代理人

川本赳夫

被上告人

高橋又蔵承継人

高橋好延

右訴訟代理人

持田幸作

岡田優

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人川本赳夫の上告理由について

一記録によれば、本件訴訟の経緯は、次のとおりである。

1  すなわち、亡高橋又蔵(以下「又蔵」という。後記のとおり、原審の口頭弁論終結前の昭和五四年七月一五日死亡した。)は、本件不動産につき上告人のためにされた本件登記がいずれも登記原因を欠き、実体上の権利関係に適合しないものと主張し、上告人を相手どつてその抹消登記手続を求める本件訴を弁護士を訴訟代理人として提起した。これに対し、上告人は、(1) 又蔵又は又蔵より一切の権限を与えられていた被上告人(又蔵の養子として当審における訴訟承継人の地位にある。)から代理権を授与された中山八郎(以下中山」という。)が、昭和四九年九月二七日、上告人との間で、本件不動産につき譲渡担保設定契約、抵当権設定契約、代物弁済の予約を締結した、(2) 仮に、中山が右代理権を有しなかつたとしても、又蔵又は又蔵の代理人である被上告人は、中山に又蔵の実印及び本件不動産の権利証を交付することにより、中山に右代理権を与えた旨を表示した、(3) 仮に、(1)(2)の事実が認められないとしても、又蔵の代理人である被上告人は、中山に対し、又蔵所有の土地を東洋埋立資材株式会社に売り渡す契約の締結及びその所有権移転登記手続を委任していたところ、中山がその権限を超えて前記(1)の各契約を締結したものであるが、上告人には中山に権限があると信ずる正当な理由があつた、として本件各登記が実体関係に符号する有効なものである旨主張した。

2  又蔵は、本件訴訟が原審に係属中の昭和五四年七月一五日死亡したが、訴訟代理人がいたため訴訟手続は中断せず、かつ、訴訟承継の手続もとられないまま、訴訟は又蔵を当事者として進められ、原審は、同一〇月三〇日の口頭弁論期日において弁論を終結し、判決言渡期日を同年一二月二五日と指定した。ところが、上告人は、原審に対し、同年一一月七日、又蔵が同年七月一五日に死亡したことを知つたから後日口頭弁論再開申立理由書を持参する旨を記載した口頭弁論再開申請書と題する書面を提出し、同月一四日、又蔵が死亡したことを証する戸籍謄本を添付した口頭弁論再開申立書及び被上告人は又蔵の死亡により同人の権利義務一切を承継したから自己ないし中山の行為につき責任を負うべきである旨を記載した準備書面を提出した。

3  しかるに、原審は、口頭弁論を再開せず、証拠に基づいて、(1) 被上告人は、又蔵との養子縁組前に、又蔵に無断で、本件不動産のうち本件(一二)、(一四)、(一六)の各土地を擅に又蔵の名で中山を代理人として東洋埋立資材株式会社に売り渡し、かつ、その登記手続履行のため、中山に対し、又蔵の実印、印鑑登録証明書、本件(一二)ないし(一七)の各土地の権利証を交付した、(2) ところが、中山は、又蔵及び被上告人に無断で、又蔵の代理人と称して長田ゆき子から五〇〇万円を借り受け、当時又蔵の先代高橋兼吉の所有名義となつていた本件(一)ないし(二)の各土地につき又蔵名義の相続登記手続を経由してその権利証を入手するとともに、本件(一)ないし(四)及び(一二)の各土地につき長田ゆき子のために抵当権設定登記手続を了した、(3) そして、右借入れの事実を又蔵に知られることをおそれた中山は、又蔵の代理人と称して上告人から一〇〇〇万円を借り受け、そのうち五〇〇万円を長田ゆき子に支払つて前記抵当権設定登記の抹消登記手続を経たうえ、又蔵の実印及び本件不動産の権利証を冒用して上告人のために本件各登記を経由した、との事実を確定し、右事実関係のもとにおいては、又蔵は被上告人に対し本件不動産に担保権を設定することを含む一切の権限を委任したことはなく、また、中山に対しても直接代理権を付与したこともなかつたものであり、中山が又蔵の実印及び本件不動産の権利証を所持していた事実をもつて授権の表示とみることはできない旨判示し、上告人の前記抗弁をすべて排斥して、本訴請求を認容した。

二ところで、いつたん終結した弁論を再開すると否とは当該裁判所の専権事項に属し、当事者は権利として裁判所に対して弁論の再開を請求することができないことは当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和二三年(オ)第七号同年四月一七日第二小法廷判決・民集二巻四号一〇四頁、同昭和二三年(オ)第五八号同年一一月二五日第一小法廷判決・民集二巻一二号四二二頁、同昭和三七年(オ)第三二八号同三八年八月三〇日第二小法廷判決・裁判集民事六七号三六一頁、同昭和四五年(オ)第六六号同年五月二一日第一小法廷判決・裁判集民事九九号一八七頁)。しかしながら、裁判所の右裁量権も絶対無制限のものではなく、弁論を再開して当事者に更に攻撃防禦の方法を提出する機会を与えることが明らかに民事訴訟における手続的正義の要求するところであると認められるような特段の事由がある場合には、裁判所は弁論を再開すべきものであり、これをしないでそのまま判決をするのは違法であることを免れないというべきである。

これを本件についてみるのに、前記事実関係によれば、上告人は又蔵が原審の口頭弁論終結前に死亡したことを知らず、かつ、知らなかつたことにつき責に帰すべき事由がないことが窺われるところ、本件弁論再開申請の理由は、帰するところ、被上告人が又蔵を相続したことにより、被上告人が又蔵の授権に基づかないで中山を又蔵の代理人として本件不動産のうちの一部を東洋埋立資材株式会社に売却する契約を締結せしめ、その履行のために同人の実印を中山に交付した行為については、又蔵がみずからした場合と同様の法律関係を生じ、ひいて中山は右の範囲内において又蔵を代理する権限を付与されていたのと等しい地位に立つことになるので、上告人が原審において主張した前記一(2)の表見代理における少なくとも一部についての授権の表示及び前記一(3)の表見代理における基本代理権が存在することになるというべきであるから、上告人は、原審に対し、右事実に基づいて中山の前記無権代理行為に関する民法一〇九条ないし一一〇条の表見代理の成否について更に審理判断を求める必要がある、というにあるものと解されるのである。右の主張は、本件において判決の結果に影響を及ぼす可能性のある重要な攻撃防禦方法ということができ、上告人においてこれを提出する機会を与えられないまま上告人敗訴の判決がされ、それが確定して本件各登記が抹消された場合には、たとえ右主張どおりの事実が存したとしても、上告人は、該判決の既判力により、後訴において右事実を主張してその判断を争い、本件各登記の回復をはかることができないことにもなる関係にあるのであるから、このような事実関係のもとにおいては、自己の責に帰することのできない事由により右主張をすることができなかつた上告人に対して右主張提出の機会を与えないまま上告人敗訴の判決をすることは、明らかに民事訴訟における手続的正義の要求に反するものというべきであり、したがつて、原審としては、いつたん弁論を終結した場合であつても、弁論を再開して上告人に対し右事実を主張する機会を与え、これについて審理を遂げる義務があるものと解するのが相当である。しかるに、原審が右の措置をとらず、上告人の前記一(2)の抗弁は授権の表示を欠くとし、また、同一(3)の抗弁はその前提となる基本代理権を欠くとしていずれもこれを排斥し、上告人敗訴の判決を言い渡した点には、弁論再開についての訴訟手続に違反した違法があるものというべく、右違法は前記のように判決の結果に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、右の点につき更に審理を尽くさせるのが相当であるから、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治朗 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 谷口正孝)

上告代理人川本赳夫の上告理由

要旨、死亡者と承継人とでは、訴訟関係の内容、権利関係が著しく異なつてくるときは民訴第八五条は適用されない。また本件は本条代理権の濫用である。

一 人間は死によつて総てが終り無となる。

人間は生きておるということで、あらゆる社会関係が発生存続する。死んでしまえば総てが終つて無になる。これは総てに超越する厳粛なる自然の大法則である。一般委任契約も死亡によつて終了する。法律関係だけではなく、総ての社会関係に適用される大原則である。

訴訟中死亡すれば、当然訴訟当事者ではなくなつてしまう。

二、民訴第八五条は右の大原則の例外中の例外の取扱をした法文である。訴訟代理人がついておれば、いつまでも無条件で、訴訟承継手続を放置してもよいというものでは絶対ない。特に弁護士には速かなる承継手続をするものであるという国家的信頼を前提としたものである。なぜこのような法文を認めたか死亡してしまえば、死者の遺産、権利関係は、そつくりそのまま包括承継される。訴訟中死亡すれば、承継しましたと、訴訟当事者の氏名を死者から、相続人に変更届出をすればそれですむ。訴訟関係の内容、権利関係の中身は全く同一である。ただ当事者の氏名が異なつてくるだけの差である。

訴訟代理人がついていない時に、死亡すれば、相続人が受継手続をしない以上訴訟中断は当然のことである。代理人がついておれば、単に氏名を変更する手続が若干おくれるだけで、一々訴訟中断せしめる必要も強いてない。訴訟を迅速に処理する。国家公認の弁護士でないと地方裁判所事件の代理人は許されない。弁護士は法律の期待に答えて、速かなる受継手続をするものであるとの前提の法文である。

三、訴訟当事者高橋文蔵は訴訟中死亡しておつた。……故意に受継手続をしなかつた。

(1) 亡高橋又蔵は昭和五四年七月十五日死亡しておつた。上告人の方では、距離的に非常に遠いところであるから、しらなかつた。

(2) 昭和五四年一〇月三〇日、現訴訟承継人高橋好延とその母高橋勝子の証人尋問が行われた。当代理人から和解が望ましい事件だと申立た処、代理人とも三人は逃げ去るように、出ていつた。態度がどうもおかしいと思つた。

(3) 取敢ず住民票下附手続をして死亡を知つて、同年十一月七日東京高等裁判所に口頭弁論再開申立をした。正式に除籍謄本を取寄せて、同年十一月十四日附で再び、口頭弁論再開申立をした。勿論理由もつけた。訴訟記録中に右申立書は入つておる。当代理人も、コピーを司法協会コピー屋からとつてある。

(4) 昭和五四年十二月二五日判決言渡……死亡後五ケ月と十日経過しておる。

判決書には被控訴人高橋又蔵と書いてある。

原判決書にも明記されておるが、亡高橋又蔵は廃人同様であつて、一切を実弟の息子で養子である現承継人高橋好延がしておつた。本件訴訟も事実上は全部承継人がしておつた。これがただ一人の相続人で外に何もない。

昭和五四年七月十五日死亡があつたのであるから、直ちに受継手続をなすべきであつた。どんなにおそくも三ケ月後の同年十月十六日には受継手続をなすべきであつた。十月三十日に法廷に証人として出廷証言しておる。逃げるように出ていつた。態度がどうもおかしいので、すぐ死亡を知つて再開手続申立をした。

(5) なぜ受継手続をしなかつたのか、

結論はこれをすると、自分に極めて不利になるから、故意にしなかつたのである。訴訟代理人弁護士持田幸作も、死亡と相続人高橋好延受継が極めて不利であることを知つておつた。故意に受継手続をしなかつたのである。

民訴第八五条は、訴訟当事者が死亡すれば、速かに承継手続がされることを期待し、これを前提とした条文である。相続人が多くて、各所に分散しておる。又は行え不明等で速かに手続ができないとき、訴訟遅延防止のための特例である。

死亡者の相続人は現承継者ただ一人である。自ら事実上訴訟行為を全部やつてきた。刑事告訴も、亡又蔵が癈人同様で何もできない、一切を自分がしておると供述し自ら手続をしておる。受継すると自分に不利だから、訴訟代理人弁護士と共謀して手続をせず放置しておいた。訴訟代理権の濫用である。

四、亡又蔵と現承継人高橋好延では、訴訟関係の内容に重大なる変化違いがある。

前述のように、人間死ねば総てが終了する。当然の法則に従つて上告人としては、訴訟承継してくれねば困るのである。八五条の立法の、死亡によつて当事者の氏名を変更手続をすれば、よい事件とは違る。被上告人にとつては、承継すれば不利である。故意に手続をしない。上告人と被上告人とでは、利害相反するのである。

(1) 上告人は昭和四九年九月二七日、亡又蔵所有名義不動産を、抵当権、所有権移転請求権仮登記等をして後金壱千万円という貸金をした。

(2) 処が本件訴状がきて、右諸登記は、所有名義人亡又蔵が全く知らない関知しないものであり、無効であり抹消登記手続をせよというのである。当時の金壱千万円とは、大金である。大金の貸出をするのには、しかじかかような事情のもと、諸登記をしてくれたから貸金をしたのである。無条件でいきなり貸したのではない。不動産権利証から、実印も揃つており、印鑑証明書もあつた。登記もできたから、右らを信用して貸金をしたのだと、色々と抗弁して争つた。

(3) 結論は第一審では、亡又蔵は知らなかつたことであるの理由で上告人敗訴した。第二審も同じ結論である。後記判決書をつける。

被上告人の方は、現在刑務所服役中の訴外中山八郎が、総ての悪の責任者だときめつけておる。しかし訴外中山八郎は、亡又蔵の印鑑や権利証を盗み出したのではない。最初は、承継人高橋好延が、亡又蔵の印を訴外中山に渡した。権利証の一部を渡したことも、絶対間違いない。一部の土地の売却を訴外中山に委任したことも間違いない。これは原審で判断しておる。

上告人が貸金をするに至つたことは、被告人の行為と因果関係がつながる。なぜ被上告人が訴外中山に印等を渡したのか? 訴外中山の妻の妹と婚約した。婚約しないまでにも、親しい仲であつて、訴外中山を兄と、よんでいたと色々原因がある。被上告人は今は強く否認しておる。とにかく被告人が、亡又蔵の実印を訴外中山に渡したことは間違いない。これが原因で上告人の抵当権等を諸登記がされたことも、間違いない。これによつて貸金がされた因果関係が続く。

(4) 原判決書(後に添附するが)七頁六行目、以下要旨

イ 被控訴人(明治三六年二月一日生)は、幼少のころ白内障を患い、以来失明に近い状態にあるため、家業の農作業は弟亡高橋力蔵の妻訴外勝子、及び養子好延に一任している。この外ツンボであつた。廢人同様で、妻帯もできなかつた。農家では、農地や家は、個人的所有というよりも家産という観念が強い。被上告人家の当主は、はやくから被上告人であり、実質上の所有権者であつた。廢人同様の亡又蔵は形式上、名目上の不動産所有名義人であるが、現行民法法律は正当なる所有者の取扱いをしておるだけである。

ロ 総て亡又蔵の知らない関知しないことで、承継人好延と訴外中山がした行為だという判示は第一審第二審とも共通しておる。

(5) 被控訴人高橋又蔵が昭和五四年七月一五日死亡した。ここで不動産の実質上の支配者実質上の所有者好延が、名実共に正式に法律上の所有者をも兼備するに至つたのである。承継人の地位と、死亡者の地位が合一している。

諸登記をされた不動産の権利関係と責任関係は、被上告人一人に合一して混合して、共存してくることになる。民訴第八五条が予想した立法趣旨から、根本を外れてくる。人間の死は、総ての終了という大原則に戻らねばならぬ。

(6) 被上告人は亡又蔵の無きずの不動産を承継して、涼しい顔をして喜んでおる。被害は上告人が一手に全部かぶつてしまう。誠に不公平であり民法第一条信義誠実の大原則にもとる。民訴第八五条は民法第一条の下にあるべきだ。

五、訴訟迅速の法則に相反する。又は相手方の権利を侵害する。

民訴第八五条は、訴訟当事者が死亡した。包括承継が行われるから、当事者名義を、変ればよい、実質的内容に変化がないから、訴訟中断をさせることなく、迅速なる審理をする必要上認められた例外法文である。

(1) どうしても受継を認めないというのであれば、上告人は被上告人を被告として新訴を提起せざるを得なくなる。全部やり直し訴訟で遅延してしまう。被上告人側も貸金保全隠匿行為をなす余ゆうが十二分でてくる。

遅れた新訴では、時効になるおそれも出てくる。民訴八五条は、死亡のときは包括承継が行われるだけで、内容に変化がないので、相手方の利益、権利を害することがないという前提のもとの例外法文である。

(2) 上告人にしてみれば、結論は諸登記ができたから貸金したのであつた。原告、ついで被控訴人の実情がどうであつたか、被上告人や訴外中山が如何なる行為をしたのか詳細はこの訴訟をしてはじめて知つたのである。この訴訟記録には、被上告人本人が如何なる行為をして、如何なる責任を負うべきかの、経過証拠は全部包含されておる。あとは、諸行為をなした被上告人が、所有権を取得した後は、これとどう結びつけるかの判断だけが残されることになる。

新訴をおこして、何年かかるより、死の原則に従つて

訴訟受継をして、判断をなすべきである。

六、結論

(一) 亡又蔵の死亡によつて、亡又蔵名義の不動産の名目上の所有権が、実質上の支配者承継人被上告人高橋好延の所有名義になつた。被上告人が高橋家の実質上の支配者として、不動産についてなした諸行為の法律上の責任と、所有権が合一したのである。死亡により承継せしめ、合一的判断を裁判所がなすべきである。

(二) 被上告人側では、亡又蔵の死をよく知つておつた。唯一の相続人であり、本件訴訟一切を被上告人はしておつた。承継すれば自分に不利であるから故意にしなかつた権利乱用をした。上告人は速かなる処置をしておる。

被上告人も亡又蔵の死を知つて、はやく口頭弁論再開申立をしたのである。原裁判所に、上告代理人自ら上京直接説明し、文書をも提出した。原裁判所は右をよく知つておる。民訴第八五条を法文どおり、解釈して再開をしなかつた。

(三) 民訴第八七条は、相手方の利益、権利を著しく侵害しない一般普通の包括承継の場合を予想しての例外法文である。

(添付書類省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例